「あなたは、がんで幸せだ」と言える二つの理由

 

「あなたは、がんで幸せだ」

 

私ががん患者の方にそう伝えると、ほとんどの方は戸惑われます。みなさんの表情からは、「自分がこんなにがんで苦しんでいるのに、この先生は何をおかしなことをいっているのだろうか」という心が読み取れます。この本を手に取られたみなさんのなかにも、同じような思いを抱かれる方は少なくないでしょう。しかし、それでも私はニッコリと笑い、みなさんの目をまっすぐに見ながら、「あなたは、がんで幸せだ」と伝えます。なぜなら、その言葉に間違いはないと、心の底から確信しているからです。

 

理由は二つあります。

 

一つめは、がんが、「自分の人生と向き合う時間をくれる」からです。病気とわかってから亡くなるまでの過ごし方が、ほかの病気の場合とは大きく異なるのです。

 

脳梗塞や心臓発作は、突然やって来て、いきなり命を奪います。小渕恵三元総理は、在任中に脳梗塞で倒れて、意識を取り戻されることのないまま、数週間後に亡くなりました。高円宮殿下は元気にスカッシュをされている途中で心室細動に襲われ、そのまま亡くなりました。また、運よく一命を取り留めたとしても、重い後遺症に悩まされ、意識不明のままだったり、運動機能が損なわれたりして、以前と同じ生活を取り戻すことは簡単ではありません。

 

病気に限ったことではありません。JR西日本福知山線の脱線事故では、多くの方の命が奪われました。いつもと同じように通勤や通学の電車に乗って、ごく普通の一日が始まるはずだったのに、一瞬にして人生が終わりを告げてしまったのです。まさか自分が亡くなるなどと思ってはいなかったでしょう。そして、こうしたほかの病気や事故で亡くなる方たちの例を知るたびに、私のなかに「がんで幸せ」という生死感が育まれていったのです。

 


 

がんは、脳梗塞や心臓発作とは異なり、「あなたはがんです」と宣告された次の瞬間にも、あなたの頭や体は、それまでと同じように働いてくれます。また、きちんとした治療を行えば、完治も望めますし、完治しなかったとしても、ある程度の年月は生きていくことができます。

 

たとえば、「がんで余命三カ月」と聞くと、「三カ月しかない」とマイナスに考えてしまうかもしれません。しかし、ついさっきまで元気だった方が、脳梗塞や心臓発作のために急死することにくらべれば、三カ月ははるかに長い期間です。その間に、自分の人生を振り返って、身辺の整理をし、これからの人生をどう過ごすかを考え、選び、歩んでいけるのです。これは、とても幸せなことではないでしょうか。

 

二つめの理由は、がんが、「もはや、不治の病ではない」ことです。

 

たしかに、十五年ほど前まで、がんはなかなか治らない病気でした。とても名高い僧侶の方でさえ、「あなたはがんです」と告知された途端、大きなショックを受け、それまでの落ち着き払った態度とは別人のようにうろたえてしまったという話もあるほどです。「不治の病」という言葉も、当時は誇張とはいえなかったかもしれません。

 

しかし、現在では、標準治療(あるいは三大治療)と呼ばれる「外科療法(手術)」「化学療法(抗がん剤治療)」「放射線治療」が進歩した結果、がんが完治する、あるいは何年間も命を永らえられるケースがかなり増えてきました。がんはいまや、不治の病どころか、高血圧やメタボリックシンドロームと同じ生活習慣病とみなされています。そして、これが本書の大切なポイントでもあるのですが、標準治療と「免疫療法」を併用することで、がんが治る確率を大きく高められるのです。

 

「幸せ」ながん患者が少ない現実

 

ところが、残念なことに実際には、「私は、がんで幸せだ」と感じられている方は多くはありません。私どものクリニックを訪れるがん患者の方のほとんども、当初は、「幸せ」からはほど遠い顔をされています。本来なら、がんの治療を受けて快方に向かうか、悪化していたとしても、自分の人生と向き合って、満ち足りた日々を過ごされていておかしくありません。それなのに、ご本人だけでなくご家族の方も、暗く、沈んでおられるのです。

 

原因の第一は、「がんは不治の病」というイメージを、いまだに多くの人が抱いていることにあります。実際には治療によって治る確率が高い場合であっても、がんと診断された途端、それを死の宣告ととらえ、自分の人生と向き合う時間を持とうともしなくなってしまうのです。

 

また、がん治療が体に大きな負担を強いることも原因です。抗がん剤を用いた化学療法は、全身に広がろうとするがん細胞を叩く、効果的な治療法です。しかし、がん細胞だけでなく正常な細胞にもダメージを与えるというデメリットがあります。髪が抜け落ちたり、のどが激しくかわいたりといった副作用が全身を襲います。

 

そんな苦しみを味わっても、治療によって完治すれば、副作用に耐えた甲斐もあるでしょう。しかし、副作用に苦しんだうえに、結局は転移してしまうケースも少なくありません。そうした経験を重ねれば、表情が暗くなっていくのも無理はありません。